【ぼっちのお金】ぼっちは安心を金で買うもの?ぼっちに貯金は必要不可欠である3つの現実

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昼休みに銀行で記帳してきたのだが、相変わらずいつも同じような数字が刻まれている。

たまには間違ってくれればいいものを。あの機械は本当に融通が利かない。それくらいの茶目っ気発揮しないと人気でねぇぞ、総選挙で神セブンにはなれねぇぞって話だ。

もっと数字をダンシングさせていこうや。「6」とかをブレイクダンスのヘッドスピンでフィニッシュ決めちゃってってこと。間違いなく誰もが喜ぶから。なにせ幸せ1.5倍(当社比)だし。

そう願っても、刻まれた預金残高は微動だにしなかったがな。動かざること山の如し。俺の通帳には確実に信玄住んでるわ。マジ超武田ってる。

 

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貯金のないぼっちは危機感を持つべき

最近「貯金」についてのニュースを見たのだが、30代・40代で貯金額0円が23.1%、1~50万円が24.6%だそう。つまり貯金50万円以下が47.7%と、半数近いという結果だ。

この結果に「ああ、やっぱりそんなもんか」というのが個人的な感想だが、もしこの結果に「ああ、よかった。みんなもそんなものなんだ」を安堵した貯金額0円のぼっちの人がいたとしたら、そこには危機感を持った方が良い。

もうね、戸愚呂(弟)100%にぶっ飛ばされて「おまえ、もしかしてまだ貯金なしでも生きていけると思ってるんじゃないかね?」って言われた方が良いレベル。指弾で頭打ち抜かれたかと思ったら実は鼻くそ飛ばされていたってくらいの。「おまえ、とぐろまいた鼻くそついてるぞ」って桑原に指摘される危機感。

まぁ気持ちはわかる。その安堵感というか、連帯感感じちゃうカンジ。ぼっちには「貯金どれくらいある?」なんて気軽に聞ける友達とか言う存在がいないからな。そんなことでも変な仲間意識とか芽生えちゃうだろう。だが勘違いするな。その芽生えた芽は雑草だから。そんな雑草持って近づいても「何アイツ、変な草持って近づいてくんだけどwww」って草生やされるオチだから。

ともあれ、ぼっちはそんなパンピー達と同じではないってこと。同じように貯金がなくても、同じように生活は出来ない。そこに危機感を持ってもらいたいという話。

 

何かあっても他人にお金なんて借りれない

朝起きて、会社行って仕事して、飲み会を回避して家に帰り、そしてプライベートタイムを満喫し、そして寝る。その繰り返しの生活が出来れば理想だが、そんなルーティンだけで過ごせる程、人生は甘くない。

あのストイック・キングといっても過言ではないメジャーリーガーのイチローですら、バットぐるぐる回すのを40歳半ばで辞めることになったというのに、そりゃストイック・キングよりストッキングに近いようなぼっちには無理な話。そう、ストッキング・ぼっちには。これは字面が既にヤバいな。色々と。確実にストーキングもしてるだろうし。さらには毎夜毎夜ベランダに干されたストッキングを盗むスニーキングミッションをこなしてる変態野郎に違いない。そこまでくるとレベルが高すぎてある意味でストイックだなって感じるが。

ともあれ、常にルーティンな生活なぞ送れるはずもなく、突然ある程度のお金が必要な時っていうのは来るものである。

その突然さといったら、マリオが土管の上に立っているのに下からピーパックン出てくるくらいの。ヤツラは確実にマリオのマリオを狙いに来てるし。キノコ食ってキノコが狙われる人生。まさに因果応報とはこのことか。

そんな突然のお金が必要な時。

例えば「定期を落としてしまった」とか。どこに遠出するわけでもないのに無駄に多めにチャージしちゃってたりしてたり。改札前で必死に定期入れを探し「あった!」って取り出してみたらまさかの遊戯王カード。周りの憐れむ目が痛い。今手に握りしめてるトラップカードを発動したい。聖なるバリアミラーフォースを。

だが視線の攻撃を跳ね返す効果はなく。ライフゼロ。買い直した総額は約12万円ナリ。

例えば「部屋のエアコンがぶっ壊れた」とか。うだる夏の暑さの中に悲鳴を上げるエアコン。初めて見たよ、蜃気楼。部屋の中で。自室ってぼっちのオアシスだと思っていたら、まさか砂漠だったとは。部屋にあった俺の生命線となる液体は、冷蔵庫内の焼き肉のタレのみ。俺の脂身でも焼いて食えってか。

結果生命の危機すらも感じた夏の日の思い出。プライスレス……とはいかず買い直した。約5万円ナリ。

とまぁそんな風に、時として突然ある程度まとまったお金が必要な時は来るものだ。

だがそんな時、ぼっちには誰かにお金を借りるという選択肢は基本存在しないのである。

っていうか誰から借りるんだよって話。「お金を貸して」なんてことを言えるような他人なんぞ、まずいない。またぼっちは大抵ギリギリまでスネをかじってる傾向があるので両親等の血縁にも言いにくかったりする。スネかじりにおいて右に出る者はいない俺が言うんだから間違いない。おしりかじり虫を超えるかじりを見せたら、スネ毛より先にスネから出禁をくらったんでね。

ってことで。誰からも借りれないのだから、自分で持っているしかないのだ。

 

急遽入院とかすることになったら大変

それに年齢を重ねていくにつれ、いつケガや病気で入院することになるかもわからない。そんな時にも貯金が大切だ。

ここで言いたいのは、そこでかかる入院費や治療費の話ではない。

確かに入院費等はある程度お金がかかるがそれは保険に加入していたりすれば費用を持ってくれたりするし、最近では働けなくなったその間の給料の補填をしてくれる保険なんかもあったりする。

入院することになったぼっちにとって貯金が必要なのは、入院中に必要になる着替えや寝巻、タオルなどといった生活用品にかかる費用の方なのだ。

自分は入院してるから取りになんて行けないし。ぼっちなんで誰も自分の部屋から持ってきてなんてくれないし。っていうか誰かが部屋に入るとか、無理。不可侵条約結ばれてっから。治外法権だから。江戸的に言って、超鎖国。ノーポルトガルOK。

なのでそういったものを病院内で買わなきゃいけない。無駄に高い花柄のパジャマとかね。高級感があるんだかないんだかわからないホワホワしたバスタオルとか。ほぼ入院中のみの使い捨てになる予定なのに。

アレはホント需要を考えてほしい。需要と呪怨を間違えてんじゃないか?恨みがましく思いながらレジに向かう俺の顔とか、店員さん、ちゃんと見て。いや、そうじゃねえよ。「え、アンタが着るの? キモッ」みたいな目で俺とその花柄のパジャマとを何度も見返してくるんじゃねぇよ。

そんなこんなで、マジで無駄に金がかかるのがぼっちの入院ってヤツだったりするわけだ。

 

晩年ぼっちの孤独死の回避するべく

そして結婚も出来ず晩年ぼっちともなれば、自室での孤独死を回避する為にも貯金は必要になってくる。

シンプルに孤独死を回避する方法としては、やはり老人ホーム。あとは在宅介護サービスあたりになるだろう。どちらにしても金はかなりかかる。

さらに30年後ともなれば今まで以上に高齢化社会になり介護難民になりかねない時に解決してくれるのもまた、きっとお金だろう。例え30年経とうとも、金に汚ったねぇ世の中だろうから。金が払える人優先で介護される世の中になるのは容易に想像できる。

まぁ正直そこまでぼっちを拗らせちゃうと老人ホームだろうと在宅介護サービスだろうとかなりキツイだろう。いまさら共同生活って。定年迎えて、好きな時間に起きて、好きな時間に飯食ってたのに。そんな生活にきっと窮屈さを感じることは間違いない。

それでもその窮屈さは孤独死と天秤にかけたらまだマシではないだろうかって話である。風呂に入れずアンダーヘアでキノコ大繁殖させてマイキノコを探せゲームをやるくらいなら、まだマツコ・デラックスと狭い湯船で混浴する方がマシかくらいの天秤。もうお湯が張ってるんじゃなくて肉が張ってあるってカンジだとしても。

頼る相手なんていないぼっちが頼れるのは、いつだって自分の金ってことで。いついかなる状況にも対応するために、やはりぼっちに貯金は必要不可欠なのだ。

 

用意周到こそがぼっちの安心

ぼっちは「いきなり」とか「突然」に弱いもの。

いきなり声かけられたら「ひゃ、ひゃい!」って声がうわずっちゃうし。いきなりクラスメイトに話しかけられたらうっかり友達なのかと思っちゃうし。いきなり女子に話しかけられたら「俺のこと好きじゃね?」って気になり始めちゃうし。

そんな「いきなり」を平常心で乗り切るために必要なのが「用意周到」であること

用意周到な事前準備こそが自分への被害を減らし、そして安心を生むのだ。声かけられるかもと身構えたり。過去の黒歴史を思い返して教訓としておけば、うっかり友達とか思わないし惚れちゃったりもしないわけである。

それはお金の面においてもそうである。いきなりお金が必要になった時。誰にも頼れず、普通の人よりお金が必要な可能性が高いぼっちには、やはり用意周到に貯金しておくべきであると言えるだろう。

この先もきっと長く続くであろうぼっちライフの為に。

 

以上。

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